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君がいてよかった それは一番思うこと
フリーゲーム「ゆめにっき」を久々に(約半年ぶりに)プレイしました。
相変わらず独特の雰囲気があるゲームで、深夜に夢中になってプレイしました。
ただ今回書きたいのじゃ「ゆめにっき」についてではなく、「夢日記」について。
ゲームではなく自分の現実世界で、見た夢を起きてすぐ書き記すこと、ですね。

僕はこれをそこそこやっていた時期(中三〜高一くらい?)がありました。
夢は見ない日はないといいますが、ある程度まとまって覚えているのは多くても数日に一回で、それも10分もすれば内容の9割を忘れてしまいます。
だから起きてすぐに枕元のスマートフォンのメモに箇条書きのようにして書き記していました。
寝起きで頭が回っていないこと、忘れないうちにと急いで文章を作ることにより時折意味不明な日本語になってしまいますが、それでも書き記したときの夢はより記憶に残りやすくなったように思います。

そして、「夢日記」を書くことを習慣づけるとどうなるか、ということについての巷の噂2ついついて。
数日から十数日に一度という低い頻度で実践していた自分の感想です。

1.「明晰夢」が見られるようになる。
夢日記のメリットとして挙げられる要素の代表的なものですね。
これは本当なのではないかと思います。自分も複数回体験したからです。
ただ、「明晰夢」を「夢だと自覚しながら見る夢」と限定した場合のみ。残念ながら「夢を思いのままに操る」とまではいきませんでした。
それでもある程度の抵抗?や操作はできました。
なぜか重力が反転したように部屋の天井にいる夢を見たとき、水の中で潜るように下に移動できたのを覚えています。
また、目を閉じて3Dで物体を出来る限りリアルに思い浮かべる要領で、苦労しつつも簡単な物なら夢の中で現れさせることができたように思います。
これは数ヶ月に一度、面白い夢を見たときに書き留める程度の現在では出来ませんが、それでも夢の中でこれは夢だと自覚して動くことにはごくたまに成功します。

2.夢と現実の区別がつかなくなる。
夢日記のデメリットとして挙げられる要素の代表的なものですね。
これも私は本当だと思っています。こちらも部分的にではありますが実際に経験したからですね。
ただ、よく言われている支離滅裂な言動をしてしまう、とまではいきませんでした。
ごくたまに、(あれ?〜〜が××してたのって夢で見ただけだっけ?)と自分の心の中で引っかかることがあった程度です。
現実のものとして疑いなく記憶しているという段階にまでは至らず、夢の中での出来事だったかどうかを思い出して考えることができる状態だったので、まだマシでした。
ただ、低頻度の自分がその段階だったということは、頻度を上げればより夢と現実の区別がつかなくなってしまうことは想像に難くありませんね。


以上、夢日記についての思い出話でした。
実践される方は自己責任でどうぞ。
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