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君がいてよかった それは一番思うこと
昔、変身願望があった。きっと小学校高学年くらいの時のことだと思う。たしか、そのときも今のような夏の真ん中だったはずだ。

今になって考えてみると理由はよく分からないけれど、ダメな自分が嫌になったとか、周囲の有象無象から逃れたかったとか、きっとそんなことだったと思う。

別に、学校はそんなに嫌いじゃなかったはずだ。将来に対する不安とかも今ほどはきっと感じていなかったし、何をそれほど不満に思っていたのかが不思議だ。

その頃僕は、小学校では空き時間になるとすぐに教室の隣の図書室に駆け込んでいた。毎日外で元気に走り回っているようなクラスメートもいたけれど、僕はめったに外に出ることはなかった。入学したての頃は外で遊ぶこともあったけれど、いつのまにかそのことに魅力を感じなくなっていた。そんなわけで、僕の時間のほとんど全ては、図書室の本たちに注がれていた。

その中に、僕の気持ちを大きく揺り動かした本があった。とある、変身を題材にしたSFの短編集。最初はその内のある好きな作家の短編が読みたくて手に取ったはずだったけれど、他の作品にも目を通していると、ある一編に心が惹かれた。

それは、世紀末に起きた天変地異によって全世界の人々の性が転換してしまう、という内容のものだった。ノストラダムスの大予言が、もしこんな形で実現してしまったら、ということだ。

別に、女の子になりたかったわけじゃない(はず)。それは目的ではなく手段であって、きっとその作品の世界の中で起きている非日常感みたいなものを、感じてみたかったのだと思う。

つまらないけれど平穏な日常が壊れても、いいと思っていた。刺激的で退屈のない非日常を求めていた。毎晩、明日起きたらみんなの性が入れ替わってたらいいのに、なんて考えながら布団に入っていた。

けれど、もちろんそんなことは起こるはずもなく、何かを変えられるのは神様でも他の人でもない、自分自身でしかないのだ。そのことに、昔の自分は気づいていなかった。いや、今だって完全に理解したかと聞かれれば、その答えはNoかもしれない。

それでも、自分が変わるしかないという現実は目の前に存在しているわけで、嫌々でもそれを認め、自分から動かなければいけないのだろう。

世の中における、いわゆる「成功者」と言われる人たちは、「変身願望が強い人たち」なんじゃないかな。本人たちがそれを意識していようがいまいが。

変身願望を強く持ちながら、これからを生きていきたい。
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